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青森地方裁判所 昭和33年(行)4号 判決 1958年7月03日

原告 上東鉱業株式会社

被告 青森県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告の請求の趣旨

被告知事が、昭和三二年一二月一三日附をもつてした「別紙目録記載の採堀権に係る公売処分に対する原告の異議申立を棄却する」旨の決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  原告の請求の原因

(一)  原告会社は、別紙目録記載の採堀権(以下「本件採堀権」という。)を有するものである。

(二)  被告は、原告が本件採堀権の鉱区に対する昭和三二年度鉱区税を滞納したとして、昭和三二年八月一五日本件採堀権を差し押え、同年九月一一日差押登録を経由し、同月二一日原告に通知したが、その後原告に対し公売期日を通知することなく同年一〇月二一日公売を敢行し、訴外富樫正秋において金一〇一、〇〇〇円でこれを落札した。

(三)  原告は、右公売処分を不服として、同年一一月一五日被告知事に異議申立をしたところ、同年一二月一三日附の決定でこれを棄却された。

(四)  しかしながら、右公売処分は、以下述べるとおりの理由で違法である。

(イ)  被告が本件公売にあたり原告に公売期日を通知しなかつたことは前述のとおりであるが、およそ国税徴収法又は地方税法に基く差押物件の公売については、公売期日の一〇日以前に公告をすることが法律上の要件であることはもちろん、同時に滞納者に対し右公売期日を予告することが慣行となつている。この通知は、公売直前に滞納者に警告を発し公売をまぬかれる機会を与えることを目的とするもので、永年の慣行であるから、滞納者は常に右通知があることを期待しているのであつて、公売手続上右通知を発することはすでに慣習法として確立されているのである。従つて、本件公売処分は、右通知を欠いたことにより違法となつたものである。

もつとも、その後、原告が青森県係員について調査したところによれば、右通知は、昭和三二年一〇月一〇日普通郵便で発送されたということであるが、いかなる理由によるものか原告には到達していない。そして、公売期日の通知をなすことが前記のような趣旨に出で、滞納者の利害に重大な関係がある以上、被告としては右通知を確実に原告に到達せしめなければならないのであり、たんに普通郵便に附して発送したというだけでは未だ右通知をなしたということはできない。

(ロ)  次に、滞納処分においては、差押後公売に附するまでに三カ月ないし六カ月の期間をおくが常態である。右は、成法上要求せられているところではないにしても、これまた慣習法として確立されている。しかるに、被告は、本件採堀権の差押後わずか約一カ月でこれを公売処分に附している。従つて、本件公売処分はこの点においても違法の処分であるといわなければならない。(本件においては、滞納者たる原告が遠隔地にあるのであるから、右慣習法につき特に考慮を払うべきであつたのである。)

(五)  してみると、右違法な公売処分を維持して原告の異議申立を棄却した被告の決定は違法というべきであるから、ここにその取消を求める。

三  被告の答弁および主張

(一)  主文同旨の判決を求める。

(二)  原告主張の(一)ないし(三)の事実は、被告が原告に対し公売期日の通知をしなかつたとの点を除き認める。(四)の事実中本件採堀権の差押後公売までの期間が約一カ月であることは認めるが、原告主張の各慣習法の存在は争う。

(三)  被告は、昭和三二年一〇月一〇日本件採堀権につき公売期日を同月二一日と定めて公告し、同日その旨の通知を原告に発送した。従つて、二、三日後には原告方に到達しているはずである。仮に何らかの事由で到達しなかつたとしても、右通知は法律上の要件ではないから公売処分がこれによつて違法となることはない。

(四)  原告は、遠隔地にある滞納者であることを強調するが、さればこそ被告は差押から公売期日までに約一カ月の期間を存するよう配慮しており、ことに青森県東京事務所内には青森県税取扱支金庫を設置しているから原告の非難は当らない。

(五)  よつて、原告の請求は失当である。

四  (証拠省略)

理由

一  原告会社が本件採堀権を有していたものであるところ、その鉱区に対する昭和三二年度鉱区税を滞納したため、被告において昭和三二年八月一五日右採堀権を差し押え、ついで同年一〇月二一日これを公売し、訴外富樫正秋が落札したこと、原告が右公売処分を不服として同年一一月一五日被告に対し異議申立をしたところ、同年一二月一三日附決定をもつてこれを棄却されたこと、以上の事実は当事者間に争がない。

二  原告は、国税徴収法又は地方税法に基く差押物件の公売においては法律に定める公売公告をするほか同時に滞納者に対し公売通知を発する慣習法が存在する。しかるに、本件公売処分においては右通知がなかつたから違法であると主張する。

よつて判断するに、国税徴収法又は地方税法に基く差押物件の公売においては、公売公告がなされるほか滞納処分から滞納者に対し公売通知がなされることは公知の事実である。原告はその根拠を慣習法に求めるのであるが、この点につき何らの立証をなさず、当裁判所もかかる慣習法の存在を認めない。かえつて、青森県県税滞納処分執行規則(昭和二七年七月二一日青森県規則第七五号)第四五条第一項によれば、「公売を執行するときは公売期日、場所、見積価格(最低公売価格)その他必要な事項を、あらかじめ滞納者、若しくは質権者又は抵当権者に第三十二号様式により通知しなければならない」旨の規定があり、本件のような青森県税滞納処分における公売通知は右規定によつて行われているのである。しかしながら、地方税法第二〇〇条の規定により鉱区税の滞納処分につきその例によるものとされている国税徴収法(およびその関係法令)の規定によれば、差押物件の公売にあたり滞納者に公売通知をすることを要しないことが明白であつて、前記青森県県税滞納処分執行規則第四五条は、青森県知事が滞納処分事務の取扱の基準を示すため、その下級機関たる青森県収税吏員に対して発した訓令にすぎないものと解される。(本来の国税滞納処分においても、税務署長等が、公売公告と同時に滞納者に対して公売する旨を通知すべきことは、昭和三〇年一二月一八日国税局長あて国税庁長官通達国税徴収法逐条通達中に定められていることを考え合せるべきである。)そして、行政処分が、右のような権限行使の基準を示した訓令、通達に違反したからといつて、ただそれだけでは違法の問題を生ずることはなく、行政処分の適否はもつぱら法律の規定およびその趣旨に適合しているかどうかによつてのみ判断せらるべきものである(最高裁判所昭和二八年九月四日判決、民集七巻一一四一頁参照)。しかるところ、国税徴収法およびその関係法令においては、前記のとおり公売通知をなすべきことを命じた規定がなく、これを必要としないものとした趣旨であると解せられるから、本件公売処分において、仮に青森県収税吏員が公売通知を発しなかつたとしても、これによつて公売処分が違法となることはないと論結せざるをえないのである。されば、原告の主張は、本件において果して公売通知がなされたか否かの点に立ち入つて判断するまでもなく排斥をまぬかれない。(なお、原告の主張をもつて、国税滞納処分において公売通知をなすことは永年の慣行であり、従つて、いわゆる行政先例法の意味において慣習法となつたものであり、その違反は訓令、通達に対する違反たるにとどまらず、法規に違反したものであるとの趣旨に解するにしても、およそ永続せる慣習法にまで高められるには、国民一般の法的確信により支持されることを要するものであるところ、公売通知が公売執行の要件であることはしばしば判例によつて否定されてきた(昭和九年六月二七日大審院判決、昭和一三年四月一四日行政裁判所判決、昭和一六年三月二二日行政裁判所判決等参照)ところであり、この一事に徴しても公売通知をなすことが国民一般の法的確信をえて慣習法となつたものとは考えられないのである。)

三  次に原告は、国税徴収法の例による滞納処分においては、差押後公売執行までに三ケ月ないし六ケ月の期間をおく慣習法が存するにかかわらず、被告は、本件採堀権の差押後約一カ月でこれを公売処分に附したのは違法であると主張する。

しかしながら、原告はその主張の慣習法の存在につき何らの立証をしないし、当裁判所もかかる慣習法の存在を認めない。原告の主張はすでにこの点において理由がない。(公売の執行については、公売公告の初日から一〇日の期間を経過してなすことを要するとの制約があるのみであつて、本件においては成立に争ない甲第六号証により公売公告が昭和三〇年一〇月一〇日になされたことが認められ、公売が執行されたのは同月二一日であること前述のとおりであるから、その間何らの違法もない。)

四  以上説明したとおり本件公売には違法のかどがないから、これを維持して原告の異議申立を棄却した被告の決定には何らの過誤がない。よつて、その取消を求める本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 飯沢源助 宮本聖司 中園勝人)

(別紙目録省略)

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